原材料費、外注費、電気代、物流費が上がっている。
それでも「取引先との関係を考えると、今は値上げしにくい」と価格を据え置いていないでしょうか。
利益率がそれほど高くない中小製造業では、その判断が1年間で数百万円、場合によっては1,000万円規模の差になります。
本記事では、年商2億円の家具製造卸売業をモデルに、価格転嫁を1年遅らせた場合に利益と損益分岐点がどう変わるのかを具体的に試算します。
本記事のポイント
- 年商2億円でも、利益が薄ければ数%の原価上昇だけで赤字転落する
- 価格転嫁を1年遅らせると、営業利益に約1,000万円の差が生じることがある
- 値上げ率だけでなく、数量減少と損益分岐点まで試算することが重要
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本記事では数字が多く出てきます。
数字が苦手な方は太文字だけでも確認してみてください。
※以下は実在企業ではなく、家具製造と卸売を行う中小企業を想定したモデルケースです。
過去の中小企業庁「中小企業の経営指標」では、家具・装備品製造業の売上高総利益率25.8%、売上高営業利益率3.8%という数値が示されています。
本記事では、製造と卸売を併営し、収益性がやや低い企業として粗利益率22.5%、営業利益率1.25%に設定します。
第1章 年商2億円でも、利益として残る金額は驚くほど少ない
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「年商2億円」と聞くと、ある程度利益も残っている会社をイメージするかもしれません。
しかし製造業では、材料費や外注費、人件費、設備費など多くのコストが発生します。
まずは価格上昇前の正常な状態を分解し、どの程度の余裕しかない会社なのかを確認します。
1.売上2億円を「単価×数量」で分解する
今回は、平均販売単価10万円の商品を年間2,000台販売する企業とします。
| 項目 | 金額・数量 |
|---|---|
| 平均販売単価 | 100,000円 |
| 年間販売数量 | 2,000台 |
| 売上高 | 2億円 |
売上高だけを見ると、年間2億円あります。
しかし、経営上重要なのは「2億円売ったか」ではなく、1台販売したときにいくら残るかです。
売上原価を1億5,500万円とすると、1台当たりでは次のようになります。
| 1台当たり | 金額 |
|---|---|
| 売上 | 100,000円 |
| 売上原価 | 77,500円 |
| 売上総利益 | 22,500円 |
10万円で販売しても、原価を差し引いた段階で残るのは2万2,500円です。
2.粗利益率22.5%でも、営業利益は年間250万円
年間の損益を整理すると、次の状態です。
| 項目 | 金額 | 売上比 |
|---|---|---|
| 売上高 | 2億円 | 100.0% |
| 売上原価 | 1億5,500万円 | 77.5% |
| 売上総利益 | 4,500万円 | 22.5% |
| 販売費・一般管理費 | 4,250万円 | 21.25% |
| 営業利益 | 250万円 | 1.25% |
| 当期純利益 | 約120万円 | 0.6% |
年間2億円を売っても、営業利益は250万円です。
1台当たりに換算すると、営業利益はわずか1,250円です。
つまり10万円の商品を1台売るごとに、会社へ利益として残るのは約1%にすぎません。
この状態では「原材料が数%上がった程度なら吸収できる」とは言えません。
3.現在でも損益分岐点は約1億9,167万円
さらに費用を、売上数量に応じて増減する変動費と、売上に関係なく発生する固定費へ分けます。
今回は損益分岐点計算上、年間の変動費を1億4,000万円、固定費を5,750万円とします。
変動費率は70%、限界利益率は30%です。
損益分岐点売上高
=5,750万円÷30%
=約1億9,167万円
現在の売上2億円との差は約833万円しかありません。
安全余裕率にすると約4.2%です。
販売数量で考えると、現在2,000台に対して損益分岐点数量は約1,917台です。
年間83台、月平均にすると約7台販売数量が減るだけで、営業赤字が見えてきます。

第2章 原価上昇を価格転嫁しなければ、黒字250万円が赤字696万円へ
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ここから原材料費などが上昇したケースを見ていきます。
重要なのは、販売数量が落ちなくても利益は悪化するという点です。
売上2億円を維持していても、中身では約1,000万円ものコスト増加が会社の利益を削っていきます。
1.数%のコスト上昇でも、年間946万円増える
次のような価格上昇を想定します。
| 費用 | 現在 | 上昇率 | 年間増加額 |
|---|---|---|---|
| 材料・商品仕入 | 9,500万円 | 8% | 760万円 |
| 外注費 | 1,800万円 | 5% | 90万円 |
| エネルギー費 | 400万円 | 10% | 40万円 |
| 物流費 | 800万円 | 7% | 56万円 |
| 合計 | 946万円 |
どれも「8%」「5%」「7%」と、単独で見れば極端な上昇率ではありません。
しかし年間で積み上げると、負担増加額は946万円になります。
これは現在の営業利益250万円の約3.8倍です。
中小企業庁も、原材料や商品仕入価格の高止まりに対して販売価格の上昇が十分追いついておらず、中小企業の採算改善が課題になっていると指摘しています。
2.価格据え置きなら、営業利益は▲696万円
販売価格を10万円のまま据え置いたとします。
材料費、外注費、エネルギー費の増加によって、売上原価は1億5,500万円から約1億6,390万円へ上昇します。
売上総利益
=2億円-1億6,390万円
=3,610万円
粗利益率は22.5%から約18.1%まで低下します。
さらに物流費56万円の増加も加わるため、営業利益は、
250万円-946万円=▲696万円
となります。
売上高は前年と同じ2億円です。
それにもかかわらず、黒字250万円だった会社が約700万円の赤字になります。
「売上は前年並みだから大丈夫」という判断が、原価上昇局面では危険なのはこのためです。

3.損益分岐点は2億2,754万円まで上昇する
コスト上昇後の変動費は1億4,946万円となります。
変動費率は、
1億4,946万円÷2億円=74.73%
限界利益率は25.27%まで低下します。
固定費5,750万円が変わらない場合、
損益分岐点売上高
=5,750万円÷25.27%
=約2億2,754万円
となります。
現在の年商は2億円ですから、あと約2,754万円売上を増やさなければ黒字化できません。
販売価格10万円のままなら、損益分岐点数量は約2,275台です。
現在より年間275台、約14%も販売数量を増やす必要があります。
単に「営業を頑張って数量を増やそう」で吸収するには、かなり大きな負担です。
第3章 5%の価格転嫁を1年遅らせると、営業利益に約1,000万円の差が出る
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では、コストが上がった時点で価格転嫁した場合と、1年間価格を据え置いた場合を比較します。
今回のコスト増を完全に吸収するために必要な値上げ率は約4.73%です。
実務上わかりやすく5%の価格改定を行ったケースで試算します。
1.10万円を10万5,000円にすると利益を維持できる
販売単価を5%上げ、
10万円→10万5,000円
とします。
販売数量2,000台を維持できれば、売上高は、
10万5,000円×2,000台=2億1,000万円
になります。
年間の増収額は1,000万円です。
コスト増加額946万円を吸収できるため、営業利益は約304万円となります。
| すぐ価格転嫁 | 1年間据え置き | |
|---|---|---|
| 販売単価 | 105,000円 | 100,000円 |
| 売上高 | 2億1,000万円 | 2億円 |
| 営業利益 | 約304万円 | ▲696万円 |
| 利益差 | 約1,000万円 |
価格転嫁を1年遅らせるだけで、営業利益に約1,000万円の差が出ます。
現在の当期純利益約120万円と比較すると、約8年分の利益です。
2.失うのは1年分の利益だけではない
仮に純資産が2,500万円の会社だとします。
年間696万円の営業赤字は、純資産の約28%に相当します。
一度赤字になれば、影響は翌期にも残ります。
設備更新を延期する、採用を控える、賃上げできない、借入金が増えるなど、本来選べたはずの経営判断が難しくなっていきます。
価格転嫁を先送りすることは、会社が将来使える経営の選択肢を減らす判断でもあります。

3.値上げで販売数量が減っても、本当に損なのか
経営者が価格転嫁をためらう最大の理由の一つが、「値上げすると顧客が離れるのではないか」という不安です。
そこで5%値上げした後、販売数量が減少するケースも試算します。
| 数量減少 | 年間販売数 | 売上高 | 営業利益 |
|---|---|---|---|
| 0% | 2,000台 | 2億1,000万円 | 約304万円 |
| ▲1% | 1,980台 | 2億790万円 | 約243万円 |
| ▲2% | 1,960台 | 2億580万円 | 約183万円 |
| ▲3% | 1,940台 | 2億370万円 | 約122万円 |
| ▲5% | 1,900台 | 1億9,950万円 | 約1万円 |
5%値上げして販売数量が5%減っても、ほぼ損益分岐点です。
一方、価格を据え置けば、2,000台販売しても▲696万円です。
ここで重要なのは、「値上げすると数量が減るかもしれない」だけで判断しないことです。
「何%値上げした場合、何%まで数量が減っても採算が合うのか」を計算した上で判断する必要があります。
価格交渉や価格転嫁は、中小企業庁も毎年3月と9月を「価格交渉促進月間」として取り組みを進めている重要な経営課題です。

価格転嫁の先送りは「何もしない判断」ではありません
年商2億円の企業でも、数%の原材料費や外注費の上昇が積み重なると、年間946万円ものコスト増になります。
今回の試算では、5%の価格転嫁をすぐ行う場合と1年間据え置く場合で、営業利益に約1,000万円の差が生まれました。
重要なのは値上げする勇気ではなく、自社の原価、限界利益率、損益分岐点を把握し、「いくら転嫁しなければ利益を守れないか」を数字で判断することです。
利益が残っているうちに価格を見直すことが、将来の経営の選択肢を守ることにつながります。


