現在、上越妙高地域のある農事組合法人にお世話になっており、複数の農家で農作業を体験させていただいています。
元JA職員や経験豊富なベテラン農家の皆さんが、私のような部外者にも優しく接し、丁寧に作業を教えてくださる環境に感謝しています。
今回は工場で使われる“IE(作業改善)の知恵”を農作業に当てはめて考えてみました。
ベテランの方にとっては当たり前の話かもしれませんが、現場での気づきを自分なりに整理してみた内容です。
本記事のポイント
- 工場の知恵で農作業の効率アップ
- IE視点で作業を見える化・標準化
- 人材育成が農業の持続を支える
農業の“特殊性”と再現性の壁
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農作業に“工場の知恵”を取り入れたらどうなるのか。複数の農家での農作業体験を通じて見えてきた、生産性向上のヒントと気づきをまとめました。
(1)自然を相手にする「工場ではない」現場
農業は、天候や地形、土壌など変動要因の多い環境で行われます。
晴れの日と雨の日では同じ作業でも負荷が違い、同じ作物でも圃場ごとに管理方法が変わる。
こうした「現場判断」の多さこそが、農業が他産業とは異なる最大の特徴です。
そのため、工業製品のように一律にルール化された工程管理が難しく、結果として「再現性が低い=人に依存しやすい」構造が生まれます。
(2)スマート農業の限界と「地域知」の価値
近年、スマート農業やIoT技術が注目されていますが、現場で本当に使えるか?というと、まだ限定的です。
たとえば圃場の水位や気温データは見えるようになっても、「このタイミングで水を止めるかどうか」は、ベテランの経験と勘によって決まる場面が多くあります。
この「目利き力」は、土地を知り、人を知り、地域に根差しているからこそ発揮される知恵であり、現時点ではAIでの代替は難しいと思われます。
(3)現場の悩みは「人」の問題に集約される
特に中山間地の米農家にとって、いま最も深刻なのは「人」の問題です。
高齢化、担い手不足、技術の継承が追いつかず、作業の質も量も維持が難しい。
人が減る一方で、耕作面積は離農者の農地を引き継いで広がっていく。
つまり、「人をどう活かすか」「どうすれば少人数でも同じことができるか」が、生産性向上の最大のテーマなのです。
“工場の知恵”で農作業を見直す
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農業は小さな工夫の積み重ねで成り立っています。今回は、私が現場で体験した農作業に、”工場の知恵”であるIE(インダストリアル・エンジニアリング)の視点を当てて見えた改善のヒントと、「誰でもできる仕組みづくり」への気づきをまとめました。
(1)IE(インダストリアル・エンジニアリング)とは?
IEとは、Industrial Engineeringの略で、「作業のムリ・ムダ・ムラを排除し、工程全体を効率化する」手法です。
製造業では当たり前の考え方ですが、農業ではあまり知られていないのではないでしょうか。
ポイントは、「高額な設備投資をせず、人の動きや手順を見直すことで改善する」こと。
実はこれが、農業のように資金制約の多い現場にこそマッチするのです。
(2)現場で気づいた“工場の知恵”の可能性
①小さな工夫が効率を大きく変える
☑移動しやすさを高める工夫(運搬活性示数)
田植え準備のプール(育苗場)作業で、Aさんは取り外した固定バーを両手で数本ずつ抱えて移動していました。一方、Bさんはバーをカゴにまとめて収納し、一度に運べるよう工夫していました。
私もBさんのやり方を参考に、“バラで運ぶ”から“まとめて運ぶ”へと切り替えたところ、作業がスムーズになるだけでなく、身体の負担も減ることを実感しました。
このように、運ぶ前の準備や収納の工夫によって、運搬そのものの効率が高まるという視点は、IE(Industrial Engineering)で「運搬活性示数」として整理されます。
農業においても、こうしたちょっとした改善が作業全体の流れを変える重要なヒントになると感じました。
☑両手を使って“ムダ”を見つける(両手作業分析)
また、Bさんは両手をバランスよく使って固定バーを取り外していました。
一方、Aさんは外した固定バーを抱えている為、片手での作業になり非効率に見えました。
IEの両手作業分析では、左右の手の動きを時間軸で比較し、「片方が止まっている=ムダがある」と見なします。
Bさんのような動きは、疲労分散・リズム化にもつながる効率的な動作であり、農作業にも非常に応用価値が高いと感じました。
(3)“誰でもできる”農作業へ ― 教えられる仕組みづくり
①作業の違いを共有し、標準化する
AさんとBさんの手順が異なることで、作業にムラが生じていました。
どちらが正解かよりも、「手順が統一されていないこと」が非効率の原因です。
IEの考え方では、やり方を見える化し、共有する=標準化が大切。
Excelや紙で手順を整理するだけでも、属人性は減ります。
②人材育成と持続可能性へのつながり
私は工程のたたき台を作り、Aさん・Bさんの動きを反映しました。
理論と現場の知恵を組み合わせることで、教えやすい形に近づきます。
技術を属人化(特定の個人に集中)させず、誰でも再現できる仕組みを持つことが、農業の持続性を支えると実感しました。
人と機械、そして仕組みで農業を持続可能に
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農業を持続可能にするには、作業の効率化だけでなく、人と機械、そして仕組みの最適な組み合わせが欠かせません。見える化、連携、人材育成の視点から考えます。
(1)作業工程を「見える化」
まず重要なのは、作業工程をすべて洗い出して“見える化”することです。
誰が、何を、どのタイミングで、どういう順番で行っているのか。
これを一覧にするだけで、非効率な部分が浮き彫りになります。
これをExcelでも、紙でもいいので「自分たちの作業を他人に説明できるか」という視点でまとめていくと、属人的なやり方からの脱却が始まります。
(2)「連合作業」の最適化でチームを活かす
農業では、複数人で作業する「連合作業」が多く存在します。
たとえば収穫や苗運びなどで、一人の遅れが全体の効率を下げることもあります。
そこで、IEの視点で連携の流れを最適化することで、「誰が、いつ、どの位置にいると最もスムーズか?」が明確になり、作業のムダな待機時間や重複作業が削減されます。
(3)人材育成こそ“最大の投資”
最終的に、すべての改善活動は「人」の力に行き着きます。
どんなに工程を整えても、実行する人が理解していなければ効果は出ません。
だからこそ、作業の背景や理由を共有し、納得の上で動いてもらうことが不可欠です。
また、新人や若手でも参加しやすい仕組みにすることで、技術の属人化を防ぎ、持続可能な組織体制へとつながっていきます。
農業にIEを活かすための視点とは
農業は自然相手で再現性が低く、人の判断や経験に大きく依存します。
だからこそ“工場の知恵”=IE(作業改善)の視点が現場に役立ちます。
ムダを見つけ、工程を見える化し、人の力を最大限に活かすことが、生産性向上と持続可能な農業への第一歩です。